私が高校生だった頃、結構なバンドブームみたいなものがありまして、文化祭では多くの出演希望者がいたものでした。
非常に大雑把に分けてみるならば、アコギを持ってフォークへ行く者とエレキを使用してロックへ走るタイプがいましたね。
今回は、ロック系のバンド、その文化祭のことを思い出してみようと。
キーワードは「紫」です。
当時の文化祭。
その様子を回想してみると、いやいや、実に多かったのがディープ・パープルのコピーバンドでした。
お陰様で、いろいろなディープ・パープルの解釈を聴くことが出来たのは確かです。
今でも憶えているのは、バンド名をあえて漢字にして、「紫」という文字を使っていたバンドがいたことです。
そう、ディープ・パープルの超定番曲に「紫の炎」という邦題曲がありましたので・・・。
私はといえば、当時の高校生としては珍しいタイプで、エリック・クラプトンやジミ・ヘンドリックスなどに傾倒していました。
ジミ・ヘンドリックスといえば、こちらは「紫の煙」ことPurple Hazeですね。
同じストラト使いとは言っても、リッチー・ブラックモアとジミ・ヘンドリックスでは、だいぶプレイスタイルに違いがありました。
ジミ・ヘンドリックスは、間違いなく天才だと思うわけですが、あえて表すれば、破滅型の天才。
そこに、ジミ・ヘンドリックスの魅力があり、カリスマ性があるのだとも、私は思っています。
必然的に、私と一緒に文化祭のステージに立ってくれる仲間は見つかりませんでした。
あのとき、私がディープ・パープルを演奏していたら、また違った青春時代を過ごしていたかもしれません。
しかし、それをしなかったことに悔いなし。
今でも私の中では、紫・・・といえば、ジミ・ヘンドリックスなのです。