2019年4月には、エリック・クラプトンの来日公演が実現しますね。
武道館でのファイブ・デイズ。
今回ですが、私は2日間行く予定です。
エリック・クラプトンの来日公演といえば、私にとっては、ある意味ライフワークのようなものであり、何度かに分けて、その思い出や印象に残っているシーンを書いていきたいと思います。
今回は、『エリック・クラプトンとクリーム』という視点で。
まず、私の経験から、さらりと書かせていただくと、エリック・クラプトンの来日公演は、2度目の際からすべて足を運んでいます。
初来日の時には、私はあまりにも幼すぎた。
初めてエリック・クラプトンのライブを観に行った際には、学生服姿でした。
以来、エリック・クラプトンのライブ・パフォーマンスは、何度も見聞きしてきたわけですが、以前のことを思い出すと、エリック・クラプトンは、決してクリーム時代のナンバーを演奏しませんでした。
エリック・クラプトン=クリーム=ギターの神様というイメージを払拭したかった気持ちがあったからかもしれません。
ただ、クリームのナンバーでもBadge(バッジ)だけは別で、これはエリック・クラプトンとジョージ・ハリスンの共作であり、早い時期からステージで演奏され続けてきました。
そんな時代を過ごし、私なりに初めてエリック・クラプトンがステージで用意したホワイト・ルームを聴いたときには、あまりの驚きと嬉しさで、言葉にならない声をあげていたものです。
ホワイトルームといえば、クリームの代表作のひとつ。
それをエリック・クラプトンが取り上げる日が来たのだな!と、感無量でした
自身のライブで、クリームのナンバーを解禁したエリック・クラプトンは、サンシャイン・オブ・ユア・ラブなども頻繁に演奏するようになって行きます。
若い頃のエリック・クラプトンを知っている者からすると、信じられない変化で。
エリック・クラプトンも人生を過ごす中で、何かふっきれるものがあったのでしょうね。
後年、エリック・クラプトンは、クリームの復活コンサートも実施しています。
そのステージは、若かりし頃の熱いバトルではなく、3人が調和したものでした。
エリック・クラプトンとクリーム。
私の中では、永遠のテーマとして残り続けます。